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私と大貧民と革命と

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私と大貧民と革命と

初めて「大貧民」をプレーしたのは、1970年代後期だった・・・

小学館あたりから発売されていた「トランプゲームの遊び方」といった類の子供向けの本、当時まだテレビゲームも普及していなかった時代だけに、トランプゲームは人気があり、この手の本の需要はものすごくあったと思う。

皆でトランプをやろうということになって「7ならべ」や「ババ抜き」、はたまた「ダウト」、あるいは「セブンブリッジ」をやるのかと思いきや、「大貧民をしよう!」ということになった。「え?そんなゲームしらない」「トランプの本にも載ってないよ!?」と不審に思いながら私は友人にそのゲームのルールを聞いてプレーした。

大貧民を初めてプレーした時の思い出はこれぐらい。どの友達と遊んだのか、どの友達に教えてもらったのかは覚えていない。ただ「本にもその遊び方が載っていないゲーム」、ということで新鮮に思った。その後何度となく「大貧民」で遊ぶわけだが、なんとなく違う友人と遊ぶと毎回ルールが違っていたような気がした。毎回、毎回新しいルールに巡りあうような気持ちだった。「革命」も最初の時はなかったような・・・

最初に「革命」に会った時は衝撃的だった。それまでの秩序が一遍に逆になってしまう、このルール。一体誰が考えて「革命」なんて名づけたのか。

その後中学、高校と進学するたびに、新しい友達と「大貧民」をしたことだろう。気になったのはこのゲームを「富豪やろうぜ!」という奴もいれば「大富豪」という奴もいれば、私と同じように「大貧民」と言ってる奴もいた。高校は千葉、埼玉、東京下町区域という割りと広範囲から生徒が集まっている私立校で、地域地域でこのゲームの名称すら定まっていないことが窺い知れた。

そうそう、中学を卒業した後の春休み、北海道の親戚の家に酪農の手伝いに行った事があった。北方領土にほど近い厳寒の地で、春休みだったがまだ雪が残っていた。酪農の仕事の合間に、親戚の子供(小学生)と大貧民をやったのだが、その時のルールの違いのインパクトは忘れられない。あちらの子供が何かで場を流して、次のように切ってきた瞬間である。

目を疑った。4,5,6でもなく、5,6,7でもなく、5,6!「2枚階段」を出せるのである!どこでどうルールの伝承に曲折があったのか。最果ての地まで大貧民のルールは民間伝承によって伝わり、このようにルールが変化しているのである。全国版「伝言ゲーム」の凄まじさを感じるのと同時に、ここまで大貧民が本に紹介されることもなく伝わっていくことに、このゲームの奥深さに感動し、ロマンを感じた。

(続く)

そもそも大富豪はこんなものだと思っていた。私の好きなゲーム「麻雀」も、やはり数数え切れない程、ローカルルールが存在している。そういう「アバウト」なところも魅力なんだろう。

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